HOME > 日々雑感:よくわからないこと?! > アート > 【Crossroad誌:掲載記事】『金曜日の装い』(大久保如彌)(2011年9月号)
日本語と中国語のバイリンガル・マガジン『Crossroad誌』9月号に以下の記事が巻頭エッセーとして掲載されましたのでご紹介させていただきます。
毎 月このような形で同誌の『巻頭エッセー』として、日本の若手アーティストを紹介する記事を書かせていただいております。同誌は、中国の華南地方(主として 広東省と香港)を中心に、ビジネス情報を主体としてはいますが、文化や芸術等様々な情報を発信している雑誌です。編集部は、現在夏季ユニバーシアードが開 催されている広東省・深圳市にあります。
作品タイトル:
『金曜日の装い』
コメント:
「金曜日の装い」という作品だ。女の子の背を向けた姿が鏡に映っているようだが、もう「装い」は終わったのだろうか?金曜日ということは、これからディナーにでも出かけるのだろうか?
鏡に映っている女の子の姿のようだが、その青色だけの背景をみると何か非現実の姿・世界を描いたかようでもある。これは、鏡に映った女の子の方が「虚」ではなく、むしろ「実」の姿であるかのような印象も受ける。あるいは、花柄の枠の内側から女の子が姿をのぞかせたかのようでもあり、手を差し伸べれば女の子に届いてしまいそうな気もする。
鮮やかな色彩で彩られた世界のなかに、またそれが鮮やかであればあるほど、奇妙な異次元空間が存在を意識させられ、うっかりするとその空間の中に引きずり込まれてしまいそうな気がする。
作家は、「他者との繊細な関係性」をテーマとしているそうだ。また、今回の「装う」ということは、化粧とも通じるものだが、他者と対峙すると同時に、自分自身とも対峙することだろう。それが、自分自身を隠すことであるのか、あるいは(ある部分を)より強調しようということであるのか?他者と協調しようというのか?あるいは他者と対峙しようというのか?はたまた、それによってどうなるかではなく、その過程そのものが重要であるのか?
作品に登場する女の子は、全て作家自身を描いたものだそうで、作家自身がポーズをとり写真に収め、それを画面に再生していくのだそうだ。この個展のオープニングで、作者はこの作品と同じ服装で登場したそうだ。そのような製作過程を通じて作家が自身のテーマと対峙していることが、作品を通して様々なストーリー(イメージ)が感じられる所以だろう。
略歴:
1985 東京都生まれ
2009 武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業
2011 武蔵野美術大学大学院美術専攻油絵コース修了
[個展]
2008 トウキョーワンダーウォール都庁(東京)
GALLERY MoMo Roppongi(東京)
2010 GALLERY MoMo Ryogoku (東京)
2011 GALLERY MoMo Roppongi(東京) (10月22日(土)~11月19日(土)まで開催予定)
[グループ展]
2005 「シェル美術賞」代官山ヒルサイドテラス(東京)
2007 「ワンダーシード」トウキョーワンダーサイト渋谷(東京)
「ときめき☆ランデヴー」鑓水青年美術館(東京)
「トーキョーワンダーウォール2007」東京都現代美術館(東京)
「収集癖」三番ギャラリー(東京)
2008 「Opning Exhibition」GALLERY MoMo Ryogoku(東京)
2009 「101TOKYO Contemporary Art Fair」秋葉原UDXビル(東京)
2011 「再生 Part.2」GALLERY MoMo Ryogoku(東京)
「分岐展 」GALLERY MoMo Roppongi(東京)
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