最近は、気分が落ち込むようなニュースが多いのですが、AIJ投資顧問による「年金運用資産2000億円大半消失」というニュースは非常にショッキングなニュースです。
AIJ投資顧問は独立系の投資顧問会社だそうですが、同社の中心顧客は国内の企業年金で、運用受託資産は2000億円余りで、その大部分が消失しているといいます。顧客は企業年金でも、その中心は同業種の企業などが集まって作る「総合型」の厚生年金とのこと。しかも、運用受託した企業年金の数は100余りに達するとのこと。
企業年金が置かれている危機的状況
企業年金の資産運用は1990年のバブル崩壊以降深刻になり(ということは既に20年以上経過しているわけですが)、2000年以降は「代行返上」という言葉が大きく取り上げられ、年金制度改革及び資産運用改革について様々な議論が行われてきました。
その過程で、大企業などが運営する当時「単独・連合型」と言われた企業年金は、(JALや東京電力などを除いて)掛け金の引き上げや給付金の引き下げなどを含む制度改革及び運用目標の見直しなどを含めた資産運用改革を行ってきました。(残念ながら、だからと言って状況が大きく改善したということではありません。)
今回被害にあった総合型企業年金は、その母体が中小企業が中心であることから、掛け金の引き上げ・給付金の引き下げなどの改革は企業年金そのものを存続させるかどうかという議論につながるために、企業年金内部でも本格的な議論や改革が行われずに来てしまいました。総合型の企業年金の常務理事や事務長はほとんどが社会保険庁からの天下りで、企業年金をなくす方向での話(失業することになりますので)はしたがりません。
2000年以降、大手企業が運営する単独・連合型の企業年金は、年金資産の保証利回りをそれまでの5.5%から大きく引き下げてきましたが、総合型はずっと従来の5.5%を維持してきました。しかし、株式市場の低迷などで、5.5%の運用収益は確保できていませんので、ますます積み立て状況は悪化していました。
制度変更が出来ないわけですから、運用収益を稼がないことには、積み立て不足(一般企業でいえば「債務超過」状態)はさらに悪化します。実際、75%程度の企業年金(主として総合型)が積み立て不足となり、厚生労働省から改善要請が出されていた企業年金も多数でていました。
その為に、藁をもつかむような気持ちで、高い収益性をうたう、あるいは(株式市場が低迷を続けていましたので)どのような市場環境でも一定の収益(高収益でなくても)をあげる投資顧問会社への運用受託に走ってしまったというわけです。
AIJ投資顧問という名前自体今回初めて耳にしました。同社は日本証券投資顧問業協会に加盟していますが、会社の概要や運用受託資産の内容については全く報告していませんでした。そのような会社に120以上もの企業年金が運用委託をしていたということは、年金の制度あるいは年金資産運用の置かれている環境がそれほど深刻であることを表しているでしょう。
何故、長期間に亘って気づかれなかったのか?という疑問
何故、運用受託資産が消えてしまったのかは、今後解明されていくことを期待しますが、現時点で、疑問を感じるのは、何故、このような状態になるまで誰にも気づかれなかったのか?ということです。
運用を委託した企業年金には毎月、運用を受託した投資顧問会社から運用状況報告書が提出されています。AIJ投資顧問の場合には、この運用状況報告書が長期間にわたって粉飾が行われていたのでしょう。しかし、年金資産そのものは信託銀行が受託・管理を行っており、投資顧問会社が預かっているわけではありませんので、勝手に流用することも、その資産の運用状況の粉飾は簡単には出来ません。
また、信託銀行からも毎月、資産管理報告書が企業年金に提出されています。通常であれば、企業年金から厚生労働省や年金に加入している会社(事業所)への報告は、この信託銀行が報告している数値がもとになっています。
とすれば、信託銀行は一体何をやっていたのでしょうか?120以上の企業年金がAIJ投資顧問に運用受託していたとすれば、ほとんどの信託銀行がAIJ投資顧問の資産運用管理にかかわっていたはずです。
今回のケースでは、海外のオフショア(例えばケイマン)などで設立したファンドを購入するという形態がとられていたとのこと。ファンドは、AIJ投資顧問が、そのファンドの純資産価額を計算する海外の銀行と結託して実態とは異なる価格を出していたとすると、日本の信託銀行でもわからない、ということになります。
さらに今回の事件で噂されているのは、AIJ投資顧問は、実態的には同じビルに入っているグループ会社のアイティーエム証券と共謀していた可能性が高いらしい、ということです。同社についての記載はまた別の機会にしたいと思いますが、いい情報は何一つ出てきません。
今回の事件が、運用を行った結果として(その運用の失敗によって)運用資産が失われたのか?あるいは、当初から運用会社ばかりか証券会社や海外の銀行などが意図的に運用資産をどこかに流したのか?早期の解明が待たれるところです。
企業年金だけでなく基礎年金である厚生年金も同じ問題を抱えている
今回は新聞にも「企業年金」という文字が、意図的にかもしれませんが、目に留まります。しかし、この制度改革と資産運用改革の問題は、先にも記しましたが、もう20年以上も前から叫ばれてきている問題ですが、根本的な問題解決は全くなされていません。
日本の年金制度は修正積立制度というある意味特殊な形態です。現在積み立てられている資産をどのように運用していくかは、全体の制度がどのようになるかで全く変わってきます。例えば、従前のように5.5%の保証利回りを今後確保していく場合と、現在の経済成長率に合わせて1~2%を目標としていくのでは、取るべきリスクの水準が全く違ったものになります。また、既に始まってしまっているのですが、年金掛け金よりも年金給付金の方が多くなってくると、毎年、積み立てられた資産からの取り崩しを行わなければならないという状況になり、積立金の資産運用には様々な制約が課せられることになります。
「社会保障と税の一体改革」と言っておきながら、政府は年金の将来像などを明らかにしようとはしません。しかし、前述のように、将来像がどうなるかが明確にならないと、運営・管理の内容については決めることは出来ません。もっと言わせていただけるとすれば、「社会保障と税の一体改革」ではなくて、「経済と財政」という大きな枠組みについて検討しなければならないはずなのです。将来の全体像が示されないと、国民もどのような選択をすべきか判断することが出来ません。現在は、ただたた国民に「白紙の請求書」が突きつけられた状態なのです。