HOME > 新井信介 「京の風」 > 日本のアイデンティティー > 神と「神」の違いを明確に理解していた、クシャーンのカニシカ王。
◎ 先週の土曜日から、始まった新シリーズ、<神と「神」の歴史>
ここでは、誰かの「観念」=「主観」が、権力者の支持を得て、多くの人間に「共同」されていく課程で、国家や「神」、そして、マネーが、如何に生まれてきたか、を、段階的に、研究します。
今回は、第一回なので、クシャーン(大月氏)のカニシカ王までの流れでした。
また、参考までに、中国共産党が国民党から大陸の支配権を奪うときに徹底的に弾圧し、根絶したはずの一貫道が、今、台湾や華僑世界で、多くの信者を得ている事実も紹介しました。
「党の指導に全て従え」という共産党に対し、中国人が始皇帝の時代から考える、宇宙の主宰者「上帝」と、自分自身が純粋に繋がる教えを、過去の宗教の知識を動員しながら編み出したのが、一貫道でした。
全面融合の「根源的紐帯」から、なぜ、YHWH が生まれ、そこから、キリストが出てくるのか?
その前に、大陸には、6000年前から、宇宙の主宰者の権能を知り、それを掴もうとすることを「ミトラ」といってきた。
ミトラは、西欧では、確立した既得権(牛)を倒す、象徴にも成りましたが、それは、なぜか?
さらに、匈奴に追われた月氏が、バクトリアで仏教に出会ったあと、北インドのプルシャプラ(ペシャワール)に本拠を移し、そこで、カニシカをうんだとき、ミトラが再度強調された。
その中で、多くの宗教=共同主観での「神」が述べられ、このときに、仏教は大乗仏教へと飛躍し、その勢いに乗って、後漢の霊帝・献帝時代の三国志の殺戮時代に、吸収されました。
◎自然界と溶け込んでいる部族社会では、「共同主観」は、あまりは発達しない。森の民には、アニミズム、祖先崇拝はありますが、そこでは、まだ、国家も宗教もありません
国家や宗教は、農業とともに発生した。農業は、自然の改変力であると同時に、人間支配の道具でした。農業は、人類が麦・稲という、穀物を、巨大大河の洪水後の沃土に撒いたことから始まった。
古代でも、タネ一粒が、100倍以上の稔りに成長する。これは、耕作者以外にも、多くの人間の食をまかなえます。このときから、人間の意識に、「分離」が始まる。それまで、自然界で、「根源的紐帯」を感じ合っていた人間に、大きな変化が出る。
穀物の巨大な収穫は、それを 備蓄・分配・管理 する立場の人間を創り出し、さらに、次の洪水の発生時期を事前に予測し、さらに外敵から武力でこの「稔り」を守るものは、多くの崇拝をえる。
自らもまた自然界の一員として、感じているばかりだった神(宇宙の摂理)を、人間自身が、その神の権能を語るようになって、それを文字で書き留めると、権力者が支持する「神」が生まれる。
しかし、そうして語られた「神」は、どんな存在だったか?
私たちが、どんなに、宇宙を統べる神(摂理・権能)を理解しようとしても、それは、つねに、神の部分でしかなく、より正確に知るには、多くの人間が意見を出し合い、本質を探りあうことで、真実に近づいていく。この部分は、本当に重要で、
私たちが認識した「神」を、
<「神」は我々とともに、成長する>と言っていたのが、ミトラの教え(理解)で、
この教え自体が、シュメール文明と、対比されながら、6000年前から存在したとされます。それは、当時、もっとも気候が穏やかで、曇りなく天と繋がれる、南シベリア(カザフスタン・キルギス)で、始まった。
宇宙の根源の権能を、ある天才が掴みだし(これはどこまでいっても部分なのですが)、それを、権力者が支持し、権力の源泉として、共同の認識になったのが、「神」で、これが、国家を発生させた。
今回は、ギルガメシュ や、 出エジプト後の、古代イスラエルの成立、
ハランとバビロンでの捕囚、解放されたユダヤ人たちが、作り上げたアケメネス朝ペルシャの統治体制。そこで得た統治ノウハウを、中国大陸で取り入れた秦。
アレクサンダーを諭した、仏陀の弟子。完全融和する東の島国への憧れ。ヘブライと日本列島の接触。
秦の始皇帝の統一 項羽と劉邦 武帝が派遣した張騫
匈奴に追われながら、武力侵攻ばかりだった月氏が肥沃の地フェルガナを超えて、仏教と出会い、アム川で大月氏になり、北インドに入って5部族合議制から脱し、クシャーン(貴霜)族が王権を確立した。
その中からAD127に即位のカニシカ王が出る。より多く、より遠くの部族・人間に首都プルシャプラ(ペシャワール)の地にまで来させ、交易させたいとの思いから、カニシカは、ミトラを学ぶ。
それぞれの国で確立していた共同主観の「神」を、ここで自由に話させ、その対話の中で、真に宇宙に存在する、根源の神(天)の姿・権能を探させた。
カニシカに与えられた代表的な称号に次がある。
「シャーヒ・ムローダ・マハーラジャ・ラージャディラージャ・ディーバプトラ・カエサル」
これは、「シャーヒ」が、月氏の伝統的な「王名」
「ムローダ」は、サカ族の首長の呼称
「マハーラジャ」は、インドの王様
「ラージャ ディ ラージャ」 は、 ペルシャ語で、「王の中の王」
「ディーバ プトラ」 は、 中国語の「天子」
「カエサル」 は、ローマで広まったラテン語の「君主」
これだけ見ても、6つの異なる文化性を持った人間がカニシカの前に、集まっていたことが分かる。
そして、カニシカこそがミトラの体現者とされ、ここで仏教の「光」が原始キリスト教のイエスの「愛」と関係し合って、「小乗」から「大乗」化する。 そして、仏教側に、「救世の光の主が来る」として、弥勒(マイトレーヤー)が生まれてくる。
「共同主観」をぶつけ合って対立するのではなく、より高みにある「共同」の「主観」を得ようとする。これが、人類の融合と科学的進歩をもたらしてきた。
このカニシカ時代を知ることで、
神(実体の摂理)と「神(主観)」が、人類社会をどう動かしてきたか、よく見えてきます。
キリスト教の前にあったのが、ユダヤ教。その前が、ゾロアスター教。
中国では、「太一」を武帝が独占してから儒教の国教化が進み、道家の思想は、カニシカ時代に鍛えられて大乗に変化した仏教(大無量寿教)が、三国志の殺戮時代に入ることで、その仏教の体系化の方式を、道家たちが学んで、晋の時代に道教を成立させた。
さて、我が国の神道(神ながら)は、いつ、いかにして、発生したのか? このミトラといつ、どのような出会いをしたのか? これは、第二回、第三回で、徐々に明らかになります。
カニシカの時代は2世紀中頃。それから、持統の即位(690)までは、500年以上有ります。
日本列島で、このカニシカの後継者となる人物がいたでしょうか? それは、誰だったでしょうか?
◎ 蛇足ですが、報告です。
今、日本国内に、全ての宗教が集まれる、七福神神社を造ろうとの話が進んでいます。七福神はたとえば、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教、ビンズー教、儒教、神道、などの主祭神で、それぞれの「共同主観」なのですが、 それを載せる船に当たるのは何でしょうか?
私は、それこそが、時空を超えたイノチの船であり、勾玉だと、思っています。
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