習近平の「本気の腐敗追及」で 革命的変化を遂げつつある中国の現実 (プリントアウト版はこちら) 「蠅も虎も」と評される汚職・腐敗追及運動が展開される中国。これまでは、「単なる権力闘争の一環」「適当なところで手打ち(仲裁)が入るだろう」と高をくくって傍観していた周辺諸国も、習近平が本気で革命的腐敗追及を行っている現実に驚愕し、変貌を遂げつつある中国に刮目するようになってきている。いま中国では何が起きているのか。 中国の「激変」を実感した木寺大使中国はいま恐ろしいスピードで変わりつつある。2年前と1年前では、中国事情はまったく違う。1年前と現在では、さらに違う。ちょっと前の中国を知っている人間が、以前の感覚で中国を考えたら、誤った判断を下してしまう。 そんな中国の現状を駐中国・木寺昌人大使が見事に分析している。 木寺大使の発言をご紹介するが、その前に木寺昌人氏が駐中国大使となった経緯が興味深いので、ご紹介しておこう。 木寺昌人。昭和27年生まれ。東大卒。外務省入省、中国課配属。フランス語研修を経て経理畑を歴任。平成4年には日中国交正常化20周年記念に関する業務に就いた経験はあるが、中国とは無縁の立場にいて、フランス語が堪能なことから平成6年の天皇皇后両陛下訪仏の際の通訳を勤めている。平成13年には駐フランス公使となりフランス国際関係研究所客員研究員も兼ねた。平成24年には内閣官房副長官補に昇進。入省したとき中国課に配属されたこと、国交正常化20周年記念事業に関わったことを除き、中国とはまったく無縁で、ずっと経理畑を歩んできた人物だった。 平成24年当時、尖閣諸島問題や中国総領事館移転問題で日中関係は凍りつき、平成22年から駐中国大使を勤めていた丹羽宇一郎が両国間の狭間で立ち往生することが多々見られた。丹羽大使は元伊藤忠会長、元日本郵政取締役だが、中国では商人が政治に口を挟むことを嫌う風潮がある。政治の世界に商人が出張ることを忌避し、政治世界では商人を馬鹿にする雰囲気がある。正常な状態にあれば問題ないことだが、日中間が冷たい対立をしているときの大使として、伊藤忠出身の丹羽宇一郎が不適格だった可能性は否定できない。政府は平成24年9月に丹羽大使を更迭し、代わって西宮伸一外務審議官を大使に抜擢した。 西宮伸一は公使、大使経験も豊富で、米国と中国の事情に詳しく、両国に幅広い人脈を有し、TPP交渉でも関係各国との調整に辣腕を振う人物だった。その西宮が中国大使の辞令を受け取った2日後に渋谷区の路上でとつぜん急性心臓麻痺で倒れ、帰らぬ人となってしまったのだ。新任された直後の大使の路上急死事件は大きく報道され、「暗殺ではないのか」といった噂まで出たほどだった。 日中間の関係が微妙な状態で、丹羽大使が更迭され、新大使に任命された西宮が急死! この事態に政府は大慌てで新たな大使を任命した。それが中国語も話せず、中国のことなどまったく理解していない木寺昌人だった。 平成24年の年末、12月25日に急遽北京に赴任した木寺大使は、初めて目にする中国に些か戸惑ったようだ。赴任して3カ月後には全人代が開催され、ここで正式に習近平国家主席以下、現中国の閣僚が決定された。このとき北京に駐在する各国大使は午後に招集がかかり、人民大会堂で習近平新国家主席、李克強新首相らと挨拶をして握手するという恒例の行事が行われた。木寺大使の順番は121番目。なんと5時間も待たされての、習国家首席との挨拶、握手となった。もっとも習主席以下の要人たちは6時間以上もかけて各国大使と挨拶を交わしたのだから、どちらにとっても大仕事だった。 現在の中国を物語る5つの「キイ・ワード」とつぜんの辞令を受け、木寺大使が北京に赴任して2年余りが経った。白紙の状態で北京に行った大使は、いまどんな感想を持っているのか。それについて木寺大使は中国国際放送局や共同・時事通信社、日本のマスコミ各社のインタビューに積極的に答えている。それらをまとめると、木寺大使が読み解いた興味深い中国情勢が見えてくる。大使は以下の「5つのキイ・ワード」で中国を表現している。その5つとは――。 ①早い 変化が早い。2年前と現在では、考え方、あり方すべてが激変している。「中国とはこんなもの」と思い込んでいる日本人は、その変化を理解しようとしない。 ②重たい 日中関係は恐ろしく重たい。日の丸の旗を立てた大使が乗る車を見ると、笑顔で談笑していた人々の視線が冷たく重いものに変わる。日中間の空気は恐ろしく重たい。日中関係の悪化状況は、簡単に修復できるものではない。 ③強い 中国人同士の「絆」は想像を遥かに絶する強さがある。「宗族」の連帯の強さだ。この想像を絶する「結びつき」を理解しないと、中国が見えない。 ④長い 歴史観、未来観が長い。ずっと先のことを見ている。物事を長い目で見る。 ⑤世代間に差がある 中年以上は反日、嫌日。だが若い層は日本に好感を持つ。かつて特別の事情がない限り、日本語を学ぶ者はほとんどいなかった。ところがいまは、日本語を学ぶ若者が多い。その大半は「アニメを原語で見たい」。残りは「漫画を原語で読みたい」、さらに「日本文化に憧れ、日本語を学びたい」。嗜好そのものが「中国的」から「日本好み」に変わりつつある。自動車一つをとっても、中年たちは「堂々と大きく、威圧するスタイル」を好むが、若者たちは「お洒落でスマートなスタイル」を求める。 蠅も虎も叩く現在の中国が猛スピードで変化しているということをご理解いただいたうえで、中国情勢を再度見直していきたい。 2013年に国家主席に就任して以来、習近平の「反腐敗」に対する取り組みは尋常なものではなかった。とくに2013年夏以降、前政治局常務委員である周永康に対する汚職摘発事件は世界中が目を見張ったものだった。周永康は今年(2015年)4月3日に天津市第1中級人民法院(地裁)に起訴され、そのニュースは世界中で話題になったほどだった。 2013年以降に始まった「汚職摘発運動」はその後ますます強化され、昨年(2014年)の中国全土における「10万元(1900万円強)以上の汚職」件数は前年比+42%の3,664件。 ここから立件され裁判所送りとなった(ほぼ100%有罪)人数は5万5101人。この中には「蠅(わずかな汚職)」も「虎(巨額不正事件)」も含まれている。 この「反汚職運動」の結果、公務員たちが脱力化しはじめている。 中国は社会主義国家であり、最低限の衣食住は保証されている。私企業で働く者はカネを稼ぐために必死だが、公務員たちは賄賂目当てに意欲を燃やしていた。賄賂を受け取れる地位に就けるよう、必死で努力してきた。出世しても賄賂が受け取れなくなるのだったら、無理して出世しようと思わない。こんな若者たちが公務員の中に現れ、それが社会の脱力化を生んでいる。もちろん多くは真面目に働いているのだが、目をギラギラさせて出世しようとする若者が減ったことは事実のようだ。とくに地方にそうした気配が濃厚だという。 摘発できない人物は存在しない(『解放軍報』)贈収賄、汚職、ウラ金といった問題は中国独特のものではない。全世界のあらゆるところで大なり小なり、さまざまな形で汚れたカネが動いている。中国の場合は著しい経済発展のために、汚職額が想像を絶するものになってしまったのだ。 2013年の周永康に続いて2014年春には入院中だった前中央軍事委員会副主席の徐才厚が当局に連行され、6月末には党籍が剥奪された。その後徐才厚は今年(2015年)3月に多臓器不全で亡くなっている(71歳)。さらに今年2月には党統一線工作部長の令計画に対し「重大な違反容疑」が発表され、人民解放軍機関紙『解放軍報』は「もう摘発できない人物は存在しない」と、汚職摘発に聖域がないことを明言している。 習近平が国家主席に就任し「汚職追放運動」を展開しはじめた当初、日本だけでなく、世界中が「中国政界の恒例の権力闘争」と分析していた。汚職摘発運動が始まってまもない2013年には「江沢民派(上海幇)を使って胡錦濤(共青団)を叩いている」と分析する評論家も多かった。しかしそれが派閥を越え、あらゆる階層で「汚職摘発」が展開され、まず「ウラ金交渉の舞台」といわれていた高級飲食店が軒並み潰れ始めた。飲食だけではなく高級嗜好品を扱う店も倒産が続く。これはもはや権力闘争ではない。本気で汚職を追放しようとしているのだ。そこに気づく必要がある。 習近平はこれまで「太子党」と分類されてきた。いま習近平は「太子党」といわれると顔を歪め、ときに激怒する。彼は自分を「紅二代」と自称する。 「紅二代」とは何か。 「中国共産党の元高級幹部の子弟で構成されるグループ『太子党』のうち、1949年の新中国成立の前に共産革命に参加し、日中戦争や中国国民党との内戦で貢献した幹部たちの子女の呼称。一方、戦争を経験せず平和な時代に党や政府の指導者となった幹部らの子女は『官二代』とよばれる。たとえば、1928年に共産党に入党した習仲勲(1913―2002)元副首相を父親にもつ習近平国家主席は紅二代であるが、1964年に共産党に入党した胡錦濤前国家主席の長男、胡海峰(1971― )嘉興市共産党委員会副書記は官二代とよばれる。紅二代の父母は『共産革命のために血を流したことがある』として、太子党のなかで、官二代より格上とされている」(『大日本百科全書』より一部引用) 以上が一般的な「紅二代」の解説である。しかし習近平が「紅二代」と自称するのは、革命世代の二代目というより「二回目の革命の戦士」としての自負があるようだ。 右肩上がりの急成長を果たし、世界最大3兆ドルを越す外貨準備高を保有。弱体化しつつある欧米やロシアを尻目に強国となった中国も、地方と都市、貧富の格差問題、独立運動、さらには土地バブルの崩壊といった危険因子をたくさん抱えている。国際問題評論家の中には「中国はまもなく崩壊する」と予言する者すらいる。最後の国家主席になるのではないか――習近平がそのように見られていることは確かであり、習近平自身がその危惧を抱いているはずだ。 このまま放っておけば、中国はクラッシュする。それを止めるには何が必要か。それが「聖域なき汚職追放運動」となって表れたのだ。習近平はいま革命の戦士として汚職腐敗に立ち向かっている。 汚職の最大の巣窟は、どの国でも同じだろうが、政界だろう。しかし習近平がいまいちばん重要視しているのは「人民解放軍」、とくにその中の陸軍である。 「軍」さえ掌握していれば、中国の崩壊はない。中国共産党が終焉することはない。それ故に習近平は軍――人民解放軍陸軍の汚職追放に躍起となっているのだ。 人民解放軍に入軍、昇進するために必要だった賄賂額2、3年前までどころか、ほんの1年ちょっと前まで、中国では人民解放軍の志願者が膨大な数に上り、人気の職業と考えられてきた。ところが昨年(2014年)夏以降、それが真逆になり、人民解放軍への応募状況が悪化しているという。それを伝える新聞記事がある。 「中国人民解放軍は8月の採用から、これまで認めてこなかった精神障害者や入れ墨のある志願者についても容認する新基準を導入した」(2014年6月17日英字中国紙『チャイナ・デイリー』) 2013年以降に汚職摘発が進み、2014年春に前中央軍事委員会副主席の徐才厚が拘束されて以降、人民解放軍の応募が激減したのだ。政界ほど巨額ではないものの、軍人として出世すれば巨大な利権や賄賂にありつける。そう考えられていたから、これまでは人民解放軍に応募が殺到していた。賄賂が摘発されはじめると、たちまち軍への志願が急減したということは、入軍志願者の多くが「賄賂目当て」だったことが理解できる。 それでは、かつて軍が人気の職業だったとき、軍内部ではどの程度のウラ金が動いていたのだろうか。中国当局発表のデータはこう語っている。 ・入軍の際に必要なウラ金=6万元(日本円で約114万円強) ・兵から下士官に昇進するためのウラ金=50万元(約950万円強) ・下士官から将校に昇格するためのウラ金=3000万元(約5億7000万円) 将校の給料は月給1~3万元(19万円~57万円)。年収にして228万円から684万円。衣食住が付いてこの金額だから、高給取りといっていい。しかし、5億円、6億円といえば100年分の収入以上。ウラ金を支払ってでも将校になりたいということは、それ以上の賄賂を受け取れるということになる。今年3月に病死した徐才厚(死亡により不起訴)は拘束された折り秘書を通して当局に8億元(約152億円)を返却したが、一説では米・豪などに200億ドル(2兆5000億円)の資産を隠したとも噂されている。こうした腐敗の温床を次つぎと倒していくことは一般からは歓迎されるだろうが、恨みも買うはずだ。 2011年、2012年に5億円以上の賄賂を注ぎ込んで将校になった軍人たちは、支払った賄賂分をこれから取り戻すところだ。それが不可能になれば、数億円をドブに捨てたことになってしまう。汚職追放運動は、彼らにとっては「許されない話」なのだ。 暗殺を恐れる習近平香港紙『東方日報』3月23日版が北京の噂話として伝えた情報によると、これまで習近平主席は6回も暗殺未遂に遭遇したという。最初は2012年8月のことで、このとき習近平はまだ副主席。北戴河会議で時限爆弾が仕掛けられたという。2度目は定期健康診断を受診しようとした中国人民解放軍総医院で毒針注射で狙われ、直前で犯人が逮捕され、それが周永康の側近だったと噂されている。2013年8月末から9月中旬にかけて3週間近く習近平が姿を見せない時期があったが、このときは交通事故に遭遇しケガをして入院したともいわれる。いずれも噂話で、真実かどうか怪しいものだが、習近平が命を狙われる可能性はある。 「習国家主席は万一の場合に備えて5人からなる『政権代行チーム』を発足させた」「そのリーダー格として李克強首相が任命された模様」――これらは香港紙『東方日報』や政論誌『動向』の記事だが、海外の中国語メディアも同様の情報を流している。 国家主席の護衛はこれまで武装警察が行ってきた。「武警」と省略されることもある武装警察は「人民公安隊」が発展したもので、中国独自のもので、米シークレット・サービスやロシアの内務省治安部隊に近い存在。人民解放軍陸軍と密接な関係を持つ。習近平が国家主席となった2013年以降、国家主席の護衛は空軍空挺団を中心とする特殊部隊に替わった。 2013年春までに前政治局常務委員の周永康に捜査の手が伸び、家族、親類など300人以上が取り調べを受けたが、周永康は「情報」「公安」「検察」「司法」を直轄する政法部門のNO.2とされる大物。武装警察は身内のような存在だ。習近平が護衛を空軍特殊部隊に替えたことは納得できる。 激変期にある中国。括目して動向を見定めよ暗殺の恐れがあるのは習近平国家主席だけではない。汚職追放運動の先頭に立つ党中央規律検査委員会書記の王岐山に対しても、数回の暗殺未遂事件があったと伝えられる。 巨額な賄賂を手にした悪人たちは、稼いだ悪銭をさまざまな形で隠し、蓄財するが、かなりの額が海外に流出している。多額賄賂を稼いだ悪人たちの家族は海外に渡り、滅多に中国に帰ってこない。悪人たちは海外にいる妻や子供たちにカネを送り、妻や子供たちはさらにそれを分散させている。悪人たちは単身で北京に住み、ときに愛人を囲っている場合もある。大金を稼ぎ、単身で住んでいる悪人を「裸官」と呼ぶ。裸官の中には数人の愛人を作り、愛人を海外に送り出してそこにもカネを送り蓄財しているともいわれる。 党中央規律検査委員会の王岐山書記は、そうした海外に隠されたカネを暴き、これを回収しようと活動しているから、命が狙われるのも当然なのかもしれない。王岐山が率いる党中央規律検査委員会がとくに目をつけているのは米国への資金流出で、米司法当局も中国政府当局に積極的に協力し、不法な資金は凍結される可能性が高まっている。 現中国政府の「汚職追放運動」は想像を越えた「覚悟」で進行している。習近平は中国国内メディアに対し、「腐敗取り締りのため、個人の生死と名誉を顧みない」という発言をたびたび繰り返している。 習近平は、本気なのだ。本気で生命を賭している。真っ向から本気で汚職をなくそうとしている。その覚悟がはっきりと伝わってくる。 成功するか、それとも習近平が暗殺されるか、それはわからない。しかし中国政府のこの本気さを理解しなければ中国を語ることはできない。 中途半端な中国観測はやめて、今後の中国情勢をしっかりと見つめる必要がある。 同時に、日本もまた本気で政治改革を行う時期にあることを、誰もが認識すべきだろう。■ |